諏訪敦 どうせなにもみえない


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諏訪湖にて


諏訪市美術館にて開催中の
「諏訪敦 絵画作品展 どうせなにもみえない」
を見てきました。


感想はつづきをご覧ください。
ちょっと長いのでお暇なかただけどうぞ



「どうせなにもみえない」 ・・・?
絵を見に来たのに そんなこと言わないでくださいよ・・・
とか思ってしまったり。

この作品展には人物画というか肖像画が多く展示されています。
「その人物の内面が伝わってくるような肖像画」 というような
ことを言ったりしますよね。その人の表面的なものではなく
本質的な何かが描かれているという・・・

僕は学生の時に少し彫刻をやっていたのですが、そのときにこんなことを考えました。
例えば、人物像で「悲しみ」を表現したいとき
いかにも悲しそうなポーズや表情の人物像を作ればいいのか・・・?
とか考えるわけですよね。 でもそうじゃない・・
そんなのは表面的なものに過ぎない。
ではどうしたらもっと真に迫ったものができるのか・・

もっと対象を見つめる。そこに何かを見つけなくては。
「でも、視覚で?」それは見えるものなのか?

その人物を理解する。いろんな角度から。
生い立ち。考え方。性格。
理解?そんな難しいことができるのだろうか・・・
仮にできたとして、それを形にして「視覚によって表現する」のか?
それは見えるのか?

堂々巡りですよね・・・。そんなことを思い出しつつ
ここからが作品展を見た感想です。

諏訪さんの絵の魅力はなんだろう・・?

実際に絵を見ると、非常に細かく描きこんであります。
髪の毛、睫毛の1本1本。皮膚の細かなシワ。
肌の質感。瞳の光。唇や爪のツヤ。

それが甘いものにも汚いものにもならないバランスかな・・・
そして、モデルへの敬意とでもいうのか
きちんと向き合って、妥協しない誠実さが感じられるんです。
徹底的に描きこむことで、その人に迫っていこうという意思が
伝わってくるんです。
(う~ん、どうしても抽象的な言い方になってしまいます。
具体的にはなかなか分からないんですよね・・・)

作品に意味深なタイトルがついていないのも好きなところです。
(untitled とされているものも多いです)

あと、光の感じが柔らかいのがいいんですよね。
描かれた白い服の質感がきれいでした。
諏訪さんのこどもさんの絵があったのですが
まだ1歳にならないお子さんが眠っている絵で
その静かな空気感は神々しい雰囲気さえありました。

大野一雄さんの肖像はその対極にあるような絵かもしれませんが
(100歳を迎えた大野さんが眠っている姿)
そちらの絵にも静かな迫力がありました。

眠っている人の絵と、死んでいる人の絵・・・
そこに大きな隔たりがあるようには思えませんでした。
死というもののとらえ方なのかもしれません。
眠りの中に死が内包されているのかもしれないし
死というのも眠りの延長なのかもしれないし
諏訪さんの絵を見ているとそこに隔絶されたものはないような気がしてきます。


NHKの日曜美術館で紹介されていた恵理子さんの肖像画も
展示されていました。この絵も本当によかったです。
時計の針が描かれていないところにちょっと感動しました。
恵理子さんはここにいないけど、ここにいる。
きっとご両親もこの絵を受け取ったときは
よろこんでくださったんだろうな・・と思いました。

(絵の制作の際に参考にされた、恵理子さんの服、時計、
義手なども展示されています)

すばらしい作品展でした。
会期中にもう一度見に行きたくなるかもしれないなぁ・・・
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by bikegon | 2011-08-01 00:53 | 雑談


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